今日は知恩院に参詣しました
タイトルに示したように今日は、知恩院さんへお参りに行きました。
足がもう少し丈夫なら神宮道を辿って南禅寺まで足を伸ばそうかなとnis内心思っていたが、案の定足の具合が芳しく無く、知恩院だけに止めました。
お参りとしては、私心を置いといて、此の世の中の無常を憂い、世の安寧を祈願しました。
知恩院の大きな檀家(パトロン)の一人徳川家康、秀忠、家光の葵三代が非常にゆうめいですが、特に家康の理念が今の世に必要だと思いました。
家康は、信長と秀吉と続いて天下平定の最終ランナーとして立ち上がり、戦乱で兵火で焼き尽くされた民衆の嘆きと悲しみを浄化させる為に旗指物に厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)の八文字を入れて戦を沈めようとして立ち上がった。
厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)の意味は厭離 けがれた、この世を嫌になり離れること
穢土 この世をけがれた世界として、いとい離れること
欣求 よろこび求めること
浄土 心からよろこんで浄土に往生することを願い求めること
“汚れた世の中を、美しい平和の世になるよう”
家康公の願いがこめられています
。
この考え方は、前者のは無く、あくまでも我欲を貫いて己の欲望を満たそうとして戦火を拡大尽くそうとしていた。
家康は、幼い頃の人質体験で何度も死にかけた経験が、人生訓として生かし、戦の目が有るのならトコトン摘んで天下平定の事業を成した。
そりゃえげつない人でなしの事を平然と遣ったが、其れは一重に騒乱の目を摘んで戦を無くす為の便宜だ。
人の世では、家康の評価は、二分しますが、私は天皇公家。寺社・大名が、もがけない様に押さえ付けて遇の値も上がらいように締め付けて世の安寧を成したと評価します。其れと浄土宗の教えが他力本願で彼の世へ行ける事を教えてとしており、阿弥陀如来の居る極楽浄土へ行けると謳って居ます。
嗚呼、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。