令和2年12月2日山陽電鉄・阪神電鉄沿線古墳ウォッチャー&神社参詣 五色山古墳③
五色塚古墳の高台から景観を眺め、周囲を撮影して降りて次の場所へ移動しようと柵から外へ出ました。
昭和40年から発掘修復事業を手掛け、昭和50年に整備完了した記念碑が古墳傍に建てられて居ました。
五色塚古墳は、兵庫県下で一番大きな古墳でして、この地方を治めて居た最大の豪族の陵墓でした。
平地に在る古墳の殆どが環濠に水を湛えて居ますが、此方の五色塚古墳は発掘以前から水が無く、それ以前は土砂に埋もれていたので存在すら気付かれ無かったです。
前方後円墳で是だけ稜線の山肌がむき出しに成った古墳を見るのは初めてでして、剥き出しに成った古墳では石舞台古墳や京都太秦に在る蛇腹古墳の様な巨石を用いた古墳が例として有るだけです。
地方に往けば、此れと同じ様な古墳が存在すると思いますが、今のt頃此方の五色塚古墳が印象強く残りました。
柵周りを伝って垂水方面まで歩いて行こうとしたら、柵の内側に等間隔に椿が植樹されて居ました。