きんつばを立ち食いして今度は、東寺の東寺足る所以で有る場所(教王護国寺)へ回ろうとした曲がり角に此方の露店が在りました。
因みに東寺とは、朝廷が定めた場所に羅生門を挟んで西と東に寺院が在り、今は西寺と呼ばれた寺院は衰退して物の見事に跡形無く有りませんが戦国時代中期まで存在し、戦火で消失して再建されませんでした。
昔は空海の教王護国寺と守敏の西寺(固有名詞が無かった)が嵯峨天皇から下賜され、空海は東寺を拠点に真言宗の政庁として都で宗教活動したと私は思います。
教王護国寺が面した通りを曲がろうとした場所に、鯖棒寿司を販売する露店が在りました。
売り子のお姉さんが立っていたので先に商品を購入し、住んでからブログに投稿したいので撮影しても宜しいですかと申し込み、遠慮うなく撮影して下さいと了承して戴きました。
此の様に畳1畳のスペースで原材料の一部をラミネート加工した演出物を添えて販売されていました。
最後の写真に教王護国寺に通じる石畳の一部が写っていますが、以前にも教王護国寺の正面に回って撮影しましたが、教王護国寺は普段は拝観を行っておらず、殆ど内部は映像として紹介されていないがブラタモリか別の番組で内部の紹介された映像を観た事が有ります。
帰宅して夜に食べましたが、鯖の身が物凄く脂が乗っていて美味しかったです。
滋賀からも棒寿司を売りに来る業者が居ますが、此方で購入した鯖棒寿司は値段の割には物凄く脂が乗って儲け物でした。
次回の投稿は、お大師様を立像辺りの様子を投稿致します。