蛤御門を清水谷家の椋の木からKBS京都の巨大アンテナが門越しから垣間見えてました。
知らない人は、御所の直ぐ其処に此の様な放送局が在るとは判らないでしょう!
其処を訪れたから初めて知る事実も有ります。
KB京都は、20数年前までは近畿放送と呼ばれ、1951年昭和26年12月24日に開局し、1994年(平成6年)に多額の負債を抱えて会社更生手続きを開始。
翌年95年に会社更生法で認可され、社名を京都放送に変更して経営が継続を認可されました。
旧経営陣を排除して京都新聞社を筆頭株主に迎え、地元経済界各社(任天堂・ワコール・オムロン・京セラ・京都銀行他2社)が持ち株主として参与。
- 1991年(平成3年)
- 1994年(平成6年)
- 1995年(平成7年)
- 1998年(平成10年)9月 - KBS京都を支援してきた市民や視聴者らが、同放送局の労働組合と協力して「KBS京都アクセスクラブ」が発足。
- 1999年(平成11年)
- 2001年(平成13年)9月 - サンテレビと業務提携し三都ネットを確立。
- 2002年(平成14年) - 関西テレビから資本参加を受け、東経124/128度CS放送(スカイパーフェクTV!)「関西テレビ☆京都チャンネル」(2009年(平成21年)4月30日放送終了)との連携を深める。現在、関西テレビだけでなく同局のキー局であるフジテレビ(現:フジ・メディア・ホールディングス)も株主で、以降関西テレビおよびフジテレビとの資本提携関係を取り付ける[注釈 12]。
- 2004年(平成16年)9月 - メキシコのテレビ局「テレビサ」と相互独占配給契約を締結と発表。同年10月よりテレビサのテレビドラマを帯番組で放送開始。しかしメキシコの広告代理店との契約で問題が発生したとして2005年(平成17年)1月より放送中断。これにより社長が引責辞任、副社長・常務などが役員報酬カット。そして同年、KBSは更生会社となった1995年(平成7年)度以降初の赤字となった。なおKBSの番組がテレビサで放送されたとの報道はなかった。
其れにしても間近で見ると大きいね!
地方のローカル局は言え、時としてキー局にも成り得る事が有りまして、京都が発信するアニメが度々此方のテレビ局から発信され、提携局を通じて全国配信されて人気を博したアニメ作品も沢山輩出されて地元京都でも有名処の神社や仏閣でイベントが催される相乗効果を産んで余計に盛り上がりました。
蛤御門から離れて数百m離れた場所へ移動しました。
次回の投稿は、ご利益のある場所の投稿を予定します。